月夜見
 〜月夜に躍る]]X

   “おいしいごはんの作り方?”



作業台も兼ねているのだろ、傷だらけのダイニングテーブルの上、
ごとりと置かれた厚手の丸ぁるい浅鉢の中に、
淡い琥珀の澄んだ湖が広がっている。
窓から斜めに差し入る春の陽の下、
ほわりと湯気が立ちのぼる中に、
ちらほら沈んでいるのは ほぐされたカニの身で。

 「ここへ青物をトッピングするなら刻みネギかな。
  パセリは変だよな。
  でもパクチーってのはクセが強いしさ。」

 「だったらキヌサヤを湯がいたの、刻んでってのはどうだ。
  緑がほしいだけなら隅っこへワサビをちょんって手もあらぁ。」

 「あ、ワサビか。それは思いつかんかったなぁ。
  でも、こういうあんかけへの薬味はショウガじゃね?」

海ではなくの“湖”としたのは、すぐ下へ玉子の湖底が透かし見えるから。
鉢の口径そのままを覆う広がりようで、焦げ目のない綺麗な焼きようだが、

 「あくまでも天津飯じゃねぇんだな?」
 「おおvv あんかけオムレツだぞ?」

天津飯ってのはサ、玉子にタケノコとかカニカマとか入ってるじゃんか。

 「そいでご飯は ただの白飯なんだぞ?」
 「ああそうかい。」

 そんなことも知らねぇで悪かったな。
 何も怒ることねぇだろよ…と。

ちょいとつれない言いようをされたのへ、
こちらも反発よく むむうと口元を尖らせてしまった坊やだが。
そんな口喧嘩の相手が、
手にしたカレースプーンをあんの中へ差し入れると、

 「……。」

ついのこととて、息を飲んでの口を噤むところはなかなか可愛い。
あんの濃度も堅からず水っぽくなくの絶妙だし、
その下の玉子も薄くなく分厚くもなくと、丁度いい仕上がり。
そのまた下から現れたのは、
細かく刻んだ具材たっぷりのチャーハンで。

 「…………どだ?」
 「うん、美味いぞ。」
 「そか?」
 「ああ。チャーハンもベタベタしてねぇし しょっぱくもねぇ。
  卵とのバランスもこんなもんだろうし、
  これまでの中じゃあ、上出来クラスだと思うぞ?」
 「やたっvv」

結構丁寧な評をくれたお兄さんだったのへ、
やったやったと満面の笑み。

 「最初はな、ただのオムライスをって考えてたんだ。」
 「うん。」
 「でも、ケチャップでご飯を炒めるのって結構難しいんだよな。」
 「ほほお。」
 「じゃあ中のご飯はチャーハンにしよっか、
  でもそれじゃあ特別感がないし、味が曖昧になるしなぁって思ってたら。
  テレビで天津飯の特集やっててサvv」

テーブルに頬杖ついて、にゃは〜っと嬉しそうに笑った少年は、
まとまりは悪いが 質はいいのかつやつやな黒髪に、
生き生きとした双眸がいかにもお元気そうな、
まだ学齢だろう年頃の坊やで。

 「そういや“あんかけチャーハン”ってあるよなって思ってだな。」

迷走した挙句、やっとそこへゴールしましたと、
胸を張っての大威張りをする少年は、
この港町でも結構有名なお元気坊やで、ルフィといい。

 「素直にそうしなかったのは何でだ。」
 「だって、それじゃあ つまんねぇじゃん。」

 チャーハンに直接かけるのはサ、
 チャーハン自体もあんも味付けの案配が微妙なんだと。
 それに、オムライスってサ、なんかワクワクしねぇ?
 玉子でくるんて包まれててよ、
 そろぉって掘ったら美味そうなチキンライスとか出てくんだぜ?
 いやまあ、これはチャーハンだけどもよ。
 卵のとろみとからまって、甘くて香ばしくてサ。
 あ・何か、口がオムライスになって来た。
 いやいやいや、それはゾロが食って感想くれねぇと。




     ◇◇



さすがは…こんな鄙びた港町におりながら、
こそりと世界中の食通を唸らせている、
知る人ぞ知る 辣腕シェフの弟御であるということか。
そんな兄上と技術的なところを比べては気の毒ながら、
だがだが 舌はすこぶるつきに確かなもので。

 「1ツだけのレシピに限ってでいいなら、
  何回かやってりゃあ様になるもんなんだと。」

 【 へぇ〜、そういうもんなんだ。】

そりゃまあ、調理という作業には多少は器用さも問われることだが、
味覚のセンスというのはそもそも幼少期に基礎が構築されるので、
いろんな風味の食材や料理をたんと食べておかないと、
大人になって味音痴になりかねないそうな。

 【 そんでも、
  味の善し悪しも価値も判らねぇガキに
  “世界三大珍味”とか食わせるのはどうかと思うがな。】

 「まぁな。」

 将来、同じグレードの飯を
 自分の稼ぎで食えなかったらむしろ悲惨だぞ。

 安い肉はまずくて食えねぇ体質になって、
 栄養失調になったりして?

日本人は特に、米と水と茶。
微妙繊細な風味の代表であるこの三品は、
微妙だからこそ、一旦 高品質のに慣れてしまうと、
なかなか等級を落とせないといいますしね。
……とか何とか、
世間話へと話をそらそうとしかかったお友達だったのへ、

【 何だ何だ隅に置けないなぁ。
 あの不器用小僧がわざわざ何か作ってくれんのかよ。】

誤魔化そうたってそうはいかないと。
この港町のもう一人の有名人、
怪盗“大剣豪”さんの正体を知る、
数少ない協力者の一人にして、希代の発明家さんが、
このこのぉと冷やかすようなお声を掛けて来たけれど。

 「…あのなぁ。」

侵入に使っているワイヤーと巻き上げリールの手入れをしつつという都合から、
オープントーク状態にしたお電話からの冷やかしへ、

 「バ〜カ、そんなじゃねえさ。」
 【 ???】

焦るような気配もなけりゃあ、
目元も座ったままという、何とも冷めたお言いよう。
きっと不貞腐れたように頬杖ついてるのだろうと、
電話越しでもそのくらいの温度は伝わるほどもの不機嫌さ加減であり、

 【 何だよ、そのっくらいは懐かれてなかったか?】

正体不明のまんま、単独行動を崩さなんだお前が陥落されたんだ、
どんだけ粘り強い“好き好き”攻撃かも知れるってもんだし。
だからこそ おいらがピンと来たくらいに、
懐かれてたくせにと。
そこまでの事情をお知りな相手でもあるらしいが、
だったらだったで、
今すぐ電話を切られても不思議はない言われよう。

 「〜〜〜〜。」

あ、言われるまでもなく、
受話器の架台に手が伸びかけてますが。(笑)
さすがに こんな判りやすすぎる反応していちゃあ
大人げないにも程があるとでも思い直したか。

 ……というか、

コトの全貌、ちゃんと判っておればこそ、
そんな浮いた話じゃないと言い切れる彼なのであるようで。
曰く、

 「大好きなお兄様へのサプライズを企んでのこったよ。」
 「…おや。」

何でもな、
来月の坊主の誕生日に何が食いたいかって訊かれて、
それで、そん次の週は“母の日”だって思い出したんだとサ。

 【 母の日…?】
 「ああ。」

 俺も最初は意味が判らんかったが、
 ガッコなんぞで“母の日の作文を書きましょう”とか言われると、
 そのポジションはサンジだなってずっとずっと置き換えてたらしくてな。

 【 おやまあ。】

兄貴で母で、勿論のこと、何かあって保護者をとなれば、
父の代わりも買って出たのだろ、
たった一人で何役もこなしていた、
スーパrーなお兄様だったその名残りというものか。

 「世間が“母の日”と騒ぎ出すと落ち着かねぇんだと。」
 【 …それは困った後遺症だなぁ。】

しかもしかも、そんなお祝いを受けるご当人様もまた、
馬鹿やろ、俺は男だぞとか何とか言いつつも
お顔はやに下がりっ放しだというから、

 【……まんざらでもないんだ。】
 「らしい。」

そりゃまた、そんな兄にしてこんな弟じゃねぇかよ、
可愛らしい兄弟なんだねぇと、電話の向こうで苦笑しているお仲間へ、

 「大体、考えてもみろ。
  俺への何かだったとして、
  なんでまた本人の家のキッチンで破壊行為に勤しむんだ。」

その点も引っ掛かっていたものか、
鬱憤晴らしのようにまくし立て始める、世間的には希代の大盗賊様なのへ、

 「失敬だな、破壊行為って何だ。」

おおお、居たんですかという、話題の坊やのお声が乱入。
そんな言いようはないだろうとお怒りの反駁だったのへ、

 「性懲りもなく生卵仕込みやがって、
  ウチの電子レンジ2台も吹っ飛ばした奴に怒る資格はねぇぞ

 【 それはまた…。】

 あれは前にやらかしたの忘れてただけだろー?
 威張るな、キッチンテロリスト。
 何だとー。大体、ゾロは全然台所使ってないじゃんか。
 う……。
 俺がたまに何か夜食とか作るくらいでさ。
 そんでもだな…。
 ウソップも訊いてくれよ、こないだも冷蔵庫に乾電池入れてたし。

 【 ゾロ、それは意味ないから やめとけ。】
 「う……。」

まだまだ言い合いっこは続くようだったが、
それの合いの手を担当しつつ、
発明家のお兄さんが感じたことはといえば、

 “何だよ、やっぱイイ感じには違いないじゃねぇかよな。”

最初に冷やかしたの、
そんなんじゃない、お兄様のための予行演習だと不貞てたけれど、
そんな態度になってたことだって、
引っ繰り返せばそういう順番なのが気に入らないからに他ならずで。


 こちらの町にも、
 なかなか元気な春風は吹いているようですねと、
 南から戻って来たツバメが
 からかうように窓の外を翔っていった
 昼下がりだったそうでございます。




   〜Fine〜  12.04.24.


  *あんかけという点以外の、
   天津飯とオムライスの違いがとっさに出て来ませなんだ。
   いかんなぁ。(苦笑)

   ちなみに、世間様では“オムレツ”というと
   何も入ってないプレーンタイプの
   ふわふかな洋風卵焼きのことなようですが。
   ウチではオムレツというと、
   和風の甘辛に味付けをした
   ひき肉とタマネギとシイタケ、ニンジンを炒め煮したのを
   オムライス風に卵でくるんだものを言いますし。
   あと、ピカタというと、
   心持ち厚めにスライスした焼き豚を、
   溶き玉子へ浸けては焼き、浸けては焼きを繰り返し、
   テンプラかというほどのしっかとした衣状態まで
   厚く重ねて仕上げる代物のことを言います。
   (鉄板焼きの“とん平焼き”とも違います。)
   久し振りに手掛けると
   最初のうち なかなかくっついててくれなくて手間取ります。


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めーるふぉーむvv

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